下関市の上水の水がめ
取水塔を眺める
2017年3月に訪ねました。下関市で最初にできた水道水源の内日第一ダムです。取水塔、貯水池事務所は有形文化財として登録されているそうです。
天端は舗装されており、歩いて入ることができます。車両は進入禁止。
水道水源池のため、貯水池側はフェンスが設置されている。左岸側に余水吐きが見えます。
こちらが取水塔です。レンガづくりの取水塔で明治39年に作られたそうです。
取水塔周辺はフェンスに囲まれており、これ以上は近づけません。
カメラを持ち上げて、上流側から。
魚釣りも禁止です。
余水吐きに掛かる橋。
立入禁止で、草も生えているので見えにくい。
フェンスの上から。見えました。眼鏡の橋になってます。
橋の側にも「眼鏡」とあります。
堤体は、アースダム。この日は貯水位が高く見えないですが、水面下には石が貼ってあるようです。
この角度からも取水塔を眺めます。
左岸側の余水吐きの先は、このような水路が続きます。
左岸から堤体を望む。中央に階段があって降りることができます。
左岸側には何かの管路が見えます。
堤体の下部。
堤体下流方向。
階段です。
降りてみました。バルブ室のようなものがあります。
こちらもレンガづくりです。
魚眼レンズで全景。
さらに下流から。
さらに下流に余水吐きの出口。滝のようになっていました。
帰りも階段を登ります。
右岸から。
レンガづくりの取水塔が目印の内日第一ダムでした。
2019年9月に訪ねる。
2019年9月に再訪問。まずは取水塔。内日第1ダムはレンガ造りになります。
取水塔の内部を見てみたいです。
ズーム。
余水吐きの入口。
天端から下流を望む。
天端の階段はいつの間にか立入禁止となって、トラロープが設置してありました。残念。
こちらが管理事務所になります。立入禁止。
軽トラックがあるので、常駐なのでしょうか?
管理事務所の隣にある記念碑。
明治43年2月と読めます。
こちらの面には書かれている内容をAIで訳してもらいました。
当時、この地域で水道事業が計画され、着工に至りました。その背景には、子爵・曽禰氏(そねし)による大きな支援がありました。彼は当時、蔵相(現在の財務大臣)としての地位にあり、事業の推進に際して多大な援助を行いました。
この尽力に対して、地域の市民は深く感謝の念を抱きました。こうした経緯を記録し後世に伝えるため、当時の白上市長が記念碑の建立し、石碑に刻むための文字を依頼~
ということみたいです。便利なツールが使えるのはありがたい。
明治33年(1900年)に起工、明治41年(1908年)に竣工となっています。
すぐそばのバス停は、上水という名前です。水道に関係があるからかな?
最後に堤体を望みます。夏のため草が青々していました。








































